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「結」には、「はなれているものをつなぎとめる」という意味があります。どうか人と人をつなぐための小さくても豊かな場所・力になれますように。
2017年09月23日 (土) | 編集 |
芸術の秋 ということでしょうか。
箱根や長野の美術館を巡ることができました。
箱根では、ポーラ美術館、彫刻の森。どちらも初めて。
ポーラ美術館では、ピカソ・シャガール展。本物に触れるというのはいいですね。


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長野は、前々から行きたかった戦没画学生慰霊美術館「無言館」
戦争で生きることの許されなかった画学生たちの絵が展示されています。
館主の窪島誠一郎さんが全国を巡って収集された絵です。

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ツアーには窪島さんの講演と
天満敦子さんが奏でる「鎮魂歌ヴァイオリンコンサート」
が組まれていてなんと密度の濃いものでした。
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講演では無言館に所蔵されている戦没学生にまつわるお話や日本全国、絵を求めて旅をつづけた時のエピソードなど話されました。それだけに、その後に聴くヴァイオリンの調べは特別なものに感じられました。調べは館内に静か静かに、そして優しく強く響き渡りました。
絵にある自画像や愛する人たちもじっと耳を傾けているような気がしました。

どうぞ 安らかに


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2017年09月18日 (月) | 編集 |
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台風一過、暑い一日。
でも穏やかです。
娘と一緒に海に行く予定でしたが、やめてその分、娘は家に帰ってきました。

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タマちゃん騒動から10日たって、だいぶ元気になったタマチャン。
猫がすやすや眠る生活。
家の中に閉じ込めてはかわいそうなので、庭の中は歩けるように
その外には出ていけないように娘と一緒に庭の境目に金網を張りました。これでだいぶ安心です。

今日は「敬老の日」 娘が言うには敬老に値するのはタマちゃんのようですが。

敬老といえば、84歳で亡くなった母は自分が敬老される立場にあっても
皆を楽しませるためにせっせといろいろな場に出かけていきました。
花嫁の姿になったり、岸壁の母になったり、
今思えば、一度もその「演技」が見られなかったのが残念です。

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敬老の日は母を思う日にもなります。



2017年09月09日 (土) | 編集 |
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昨日夜、タマちゃん戻ってきました。
よくぞ生きて帰ってきてくれました。

知り合いの美容室Kさんが貼ってくれた迷いネコのポスターをみた人がこの猫をみたとKさんに伝え、Kさんが私に伝えてくれました。
その後いろいろいろいろあって、最終的には町役場の環境対策課の方で保護されていました。
薄汚れて一回り小さくなったタマちゃんを抱いた時、あきらめなくてよかったと心から思いました。

猫は自分が死ぬときには飼い主には姿を見せないでいなくなるよ
お隠れになる
探さない方がいいよ。

ぜったい見つけてあげると思いながらも、そんな風に思いかけた時でしたから、本当に「奇跡」のようにも思えました。

思いもよらぬところで、一週間の間、草むらにうずくまっていたり、雨にぬれた体でよろよろ歩いていたり、車の下にいたりしていたようです。
運の強い、タマちゃんです。
関わっていただいた方々に感謝です。

今日から首輪をつけ迷子札もつけました。
2017年09月07日 (木) | 編集 |
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1か月ぶりにウオーキング再開。道端に咲いていたのはカボチャの花でしょうか。

夜は、リリリリ、リンリン、リーリーと虫の声がにぎやかになってきました。
昨日、学校へ行くと2年生の教室には スズムシの籠が。
4年生の方から生活科の勉強に役立ててということでもらったらしい。

スズムシが鳴くと、ふっと子どもたちが聞き耳を立てて、教室は一舜静かな雰囲気。
休み時間になると籠のそばへ集まって餌やりなどお世話をしています。
今までとはちょっと違う光景の表れです。
子どもたちの心が優しくなってくるようで。

こういうのもまたいいですね。
私の机のすぐ近くに籠が置いてあるのでリーンリーンと涼しい鳴き声が聞こえてきます。

長野に「すずむし荘」という宿があって玄関でのお迎えは鈴虫の声でした。
秋には秋の楽しみ方があるはずです。
物騒な音や声ではありませんよね。

2017年09月05日 (火) | 編集 |
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この夏も乗り切り、頑張ったと思っていた、猫のタマちゃんが2日土曜日の朝方から行方が分からなくなった。
いつものように朝の散歩に出かけたまま、帰ってこない。
22歳という高齢のため歩き方もゆっくりゆっくり。耳も遠くあまり鳴かない。
どこかで倒れているか、事故にあったか、隠れているか、親切な人に保護されているか。
あちこち探しているが、手掛かりはない。

娘に連絡すると娘は迷い犬、猫などに詳しいので、
町の環境対策課、警察、県の動物指導センターに届けるように、近所の人にも知らせるようにという。
3か所に届けるなんて初めてしったこと。まさか、警察にまでと思ったが、どこの所も丁寧に対応してくれた。
近所の人も心配してくれている。

娘はさらにポスターを作ってメールで送ってくれたので、何か所かに掲示した。

いつもいた場所にいないということ。
その存在がどれほど大きかったのか、いなくなってよくわかります。
こういうのを心にぽっかり穴が開くという感じでしょうか。

猫にしてこうなのですから、災害などで大切な人や子どもを失った人の悲しみというのは
いかばかりかと思います。
そして姿を見るまでは、(たとえそれが、遺体・死骸であっても)諦めない・諦められないという気持ちも
分かる気がします。

きっと生きていると思って希望をつないでいます。