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結だより

「結」には、「はなれているものをつなぎとめる」という意味があります。どうか人と人をつなぐための小さくても豊かな場所・力になれますように。

恵み

スイカができた。
もう、驚きです。スイカができた。
子どものころ、家が八百屋でしたから、夏になると一日に200こも300こもトラックから
運んだものです。(そのおかげで腕っぷしが強い。)
それが自分でつくれるなんて、なぜか不思議。

いつ収穫したものやら分からないので、ポンポンとたたいてみると
ボンボンとちょっと重みのある響き。つるのところもちょっと茶色になっているので
もういいかなと思い切ってハサミをいれました。

どんな具合かわくわくしながら包丁をいれると
なんと黄色い。赤いものとばかりと思っていたのですが・・・。どこでちがったか。
ほんのり甘い味でした。自分で作ったものはなんでも美味しい。
キュウリ、トマト、ナス、スイカ・・・「恵み」という言葉がぴったりです。
大地からの「恵み」

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むずかしいことをやさしく

紙屋町さくらホテル

井上ひさし作 「紙屋町さくらホテル」を観る。


      新国立劇場のこけら落としの際にこの作品を書き下ろした当時も、
    戦後民主主義への大きな曲がり角にあると痛感していたかもしれません。
      「国家」という幻の巨大な魔物に飲み込まれ、
    人生の時間というキャンパスに自分を描くことなく死ななければならなかった
    多くの人たちへの鎮魂を作家は描き続けようとしたのだと思います。


と井上麻矢さんはパンフの中で書いています。

広島で活動していた移動演劇隊「桜隊」をモチーフにしていますが、( 桜隊では9人が原爆でなくなっています。)

むずかしいことをやさしく、やさしいことをふかく、ふかいことをおもしろく~
の井上作品らしく、戦時下にあって自由に生きらせない、命が危ない日々の生活のなかでも笑いあり、楽しさあり。
その裏に重いメッセージが込められているものでした。 


 井上作品はどの作品も笑いあり、涙あり。
その中からメッセージを受け取ります。   

げんない  夢は、追うことに意味がある

わらび座「げんない」を観る。歌舞音曲劇となっているので、和風ミュージカルという感じでしょうか。
主役は平賀源内。平賀源内といえば、杉田玄白とならんで、中学生のころ、試験に出るからと覚えた記憶があるけど、
何をした人かは全くおぼえていませんでしたが、
香川県さぬきが故郷。長崎、大阪、京都、江戸、秩父、秋田、など日本全国で実績を作った人。
日本のレオナルド・ダ・ビンチとも呼ばれる発明家、博物学者、作家、陶芸家、など多彩な人だったのです。
「エレキテルは、明かりといえばローソクしか知らないような時代に、電気の存在を伝えた貴重なものだった。」
ともあります。
土曜の丑の日のうなぎを流行らせていったのも源内とか。

試験のためのうわべだけの暗記では、こんなことを知るはずもありませんね。
芝居は子どもからお年寄りまで楽しめるもので、舞台装置も見ごたえがありました。
「夢は追うことに意味がある」がキャッチフレーズ

座わらび
左が「げんない」さん

わらび座といえば、20代のころには秋田の本拠地までいって踊りを習ったり、温泉につかったり。
今は「あきた芸術村」となっているとのことです。
小学校の運動会で「ソーラン節」や「花笠おどり」「御神楽」など踊られ広まるようになったのもわらび座の力、大です。

組体操に取り組めなくなったいま、また民舞が広がっていくかもしれません。

たまちゃん

おばあちゃん、おばあちゃん
上の娘が帰ってきたときにこんな声が聞こえる。
えっ、    ドキッとする。  私のこと?孫もいないのに。

それはどうやら猫の「たまちゃん」を呼ぶ声。
そうか「たまちゃん」は立派なおばあちゃんなのだ。
たまちゃんはたしか次女が小学校3年生のころに近くの広場で拾ってきた猫。
あれから20年余り、この7月で21歳位になるはず。
人間でいえば、100歳を過ぎているということで、
よく長生きしてくれているなあと感謝。
捨て猫だったせいか、あまりなつかず、ひざに抱かれることは好まないようで、
それでも娘たちがいなくなった今は、私を頼りにしてくれているみたいだ。
猛暑が続くと今年でもうお別れかなと、この4年余り心配するが、心配をよそに乗り切っている。

現職のころ、どんなに遅く帰った日でも玄関先で待っていてくれた。
バイクに乗って角を曲がると暗い中、たまの目がひかっていたこともしばしばだった。
今は一日のほとんどを寝ている。
この夏はどうだろう。どうぞのりきってください。

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今のたまちゃん

たま
若かりし頃のたまちゃん

「よい年の取り方をしているね」といわれました。
自分ではそんな風に思ったことなどこれっぽちもないけど、喜んでいいことなのでしょう。
退職前には「ゆっくりと・・・」と思うこともありましたが、今はそんな気持ちは吹き飛んで、
やりたいこと(やらなければいけないと思うことも)つぎつぎ出てきています。
それを面白がりたいと思います。
昨日の選挙結果をみて「子どもたちに平和や命について伝えていきたい」という思いが
ますます強くなりました。
たまちゃんの100歳に負けていられません。


一句

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カサブランカがおわったら、薄いピンクのユリが咲きました。ほんのり甘い香り。
いいものです。

    夏まつり くいもの買って 帰ります

俳句として上手いのかはどうかはわかりませんが、思わずプッと笑ってしまいました。
作者のA君は、給食大好き。
もりもりなんでもよく食べていつもニコニコ笑顔、元気一杯。
忘れ物がたまにキズ。いかにもA君らしい一句です。


 小学校では3年生で俳句、4年生で短歌を学習します。
導入されるとき、奥の深い俳句や短歌を3年生・4年生が理解するのは難しいのでは・・・という
批判がありましたが、(私もそう思いましたが)子どもなりに俳句作りを楽しいんでいます。

    センプウキ とてもきもちいー センプウキ

 じめっと熱い教室 センプウキの風がうれしいですね
    (今年から教室ではエアコンが使えるようになりましたが)
   
    トンボがね 指に止まって 飛んでいく
   
   夏休み しゅくだい いっぱいでてくるよ
  
    かぶとむし 夏にいるから あつそうだ

子どもらしくその子らしくみんないいです。

指折り 五七五を数える様子はほほえましい感じがします。

    うすももに ほほえむような ユリの花

子どもたちのようにはいきませんが。

鵲の橋

カササギの橋

7月7日。今日は七夕さま。
学校の給食には、定番のデザート、「七夕ゼリー」が出ます。

カップのなかにゼリーが入っていて、ゼリーの中に二つの☆。その間に天の川。
カップの蓋には、七夕様の由来や、織姫と彦星がどれぐらい離れているか・・・いろいろ書いてあります。
子どもたちは嬉しそうに読みながら、
カップの蓋を開けた時の子どもたちの驚き。歓声を挙げる子もいます。
なかなか☆には手を付けない子もいます。
これも楽しい一コマですね。

     織姫と彦星がどのように天の川を渡るかご存知ですか。
    七月七日の夜、鵲がどこからともなくたくさん飛んできて、
    翼を広げて橋を作ってくれるのだそうです。
    鵲が翼を広げて作ってくれる橋・・・。天の川の橋にふさわしい橋です。
    そして男女の仲を取り持つものを、「鵲の橋」と呼ぶようになりました。

                            美人の日本語より

 今夜は数年来の晴れた一日。
天の川は見えるでしょうか。子どもたちは夜空を見上げるでしょうか。

あまりにスピードアップの毎日。
子どもも大人も夜空を楽しむ余裕がほしいものです。
そして短冊に願い事を書くならば、「憲法九条は日本の宝、戦争のない平和な日本であれ」
                                 
 

4回目の憲法学習会

九条4回学習会2

九条の会のチラシが出来上がりました。今回は業者に印刷をお願いしました。
デザインは、三人の男の子をもつ、若いお母さん。
美術専攻だけあって、さすが、センスはすばらしい.

若いママの不安は、子どもたちが大きくなった時に釣り竿やぼうっきれの代わりに、
銃を持つような時代が来ているのではないかということ。
そういうことを周りのお母さんたちにいってもなかなか伝わっていかないこと・・・関心がないというか

日本国憲法と自民党の憲法草案を学習するようになって、背筋が寒くなることがあります。
草案の中にある「元首」「国防軍」などの言葉を見るにつけ聞くにつけぞっとしてきます。
昔のSFのドラマを見るような、戦前に戻ったような感覚になります。

でもこれは昔ではなく現在着々と進行していること。

九条の会一番の高齢そしてはっきりとものを言われるFさんは、多くの人に知らせようと張り切っています。
その声を聞くと、まだまだ若い私は、励まされ後押しされるのです。
どうぞお近くの方、一緒に学び考えませんか。

みんなの学校

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昨日は、記録映画「みんなの学校」を観る。
昨年、一度観ているが、今回は木村康子校長先生の講演付き。
木村先生は昨年退職され、現在は講演活動で全国を飛び回っている様子。

とにかくこんな学校があることがすごい。
木村先生は普通の学校といっているが、どの学校もこんな普通の学校であったら、
どの子も自分らしさを発揮してそしてみんなで伸びていけるのだと思います。

月曜日の1時間目は全校道徳。地域のおじいちゃんや、おばあちゃん大人たちも自由に参加できます。
1年生から6年生まで混じって一緒に話し合います。子どもは子ども、大人は大人のグループ。
「人権」というテーマで話し合ったとき、大人のグループは、人権とは、ウンヌンカンヌン・・・もっともらしいことを言うのですが、
子どもたちのグループからは
「空気のようなもの」という答えが。

子どもの感性ってすごいですね。「人権とは空気のようなもの」。なんだか、そのものズバリという気がします。

卒業式の練習はしません。当日卒業生がどんなことを語るか、(ひとりひとり語るのですね)先生たちはわかりません。
だから先生たちはドキドキ。
そんな中、障害を抱えるSちゃんが言ったことは、
「僕が一番大事だと思うのは、平和です。世界中の人が、隣りにいる人に親切にすれば、優しくすれば世界中が平和になるとおもいます。」
その時先生たちはイスからずっこけたそうですが、大きな大きな感動だったでしょうね。

木村先生は、なんと若々しく、ジーパン姿で、いくらでも学校のこと子どもたちのことを語っていたそうでした。こちらももっともっと長く聞いていたい気持ちでした。

それにしても、先生たちをSABCDとランク付けする「成績評価」は、まったく教育の場にはそぐわないですね。
若い先生たちは悩んだり失敗をしたりしてベテランの先生たちから叱られたり支えられたりしながら伸びていく、一人前の先生になっていく。そんなすがたがリアルに写されていた映画でした。一人の喜びがみんなの喜びになり、苦しみをみんなで乗り越えていく様子がつづられていた映画でした。

この映画を見るためにわずか10数人で実行委員会をつくり、成功させたお母さん方のパワーにも驚きました。