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「結」には、「はなれているものをつなぎとめる」という意味があります。どうか人と人をつなぐための小さくても豊かな場所・力になれますように。
2015年06月25日 (木) | 編集 |
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24日、昨晩は、仕事を終えて国会へ直行。
(途中、道がよくわからなくて、おそるおそる若い警察官にに尋ねると、親切に「抗議の方ですか?」と教えてくれました。)

仲間の旗が見つけられずに、空いているスペースに座りました。
波のようにやってくる人々の流れ、群れ。
次々と国会議員さんたちが目の前を通りました。
作家の澤地さんも通りました。(命をかけてる ! そんな感じがしました。)
若い人の凛とした声・コール
 戦争反対
 戦争法案廃案


広がれ、広がれ

延長国会95日
暑い熱い夏になります。
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2015年06月23日 (火) | 編集 |
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この所、嬉しいことに映画や芝居、歌舞伎を観る日が続きました。
先週は詩人茨木のり子さんの世界をモチーフにしたお芝居を観ました。
一人の女性として、人間として、詩人として、どう自分の人生に向き合うのか
問い続けるのり子さんの言葉が胸に迫ってきました。

私の好きな「六月」という詩、なぜ六月という題がつけられたのか、
ずっと疑問に思っていたのですが、分かりました。
  
   どこかに美しい人と人の力はないか
   同じ時代をともに生きる
   したたかさとおかしさとそうして怒りが
   鋭い力となってたちあらわれる


のり子さんは、六月、安保闘争のデモに参加して
若い人たちとともに腕をくんで進んだのですね。
だから「六月」
今まさにこの「六月」です。
明日は国会へ

土曜日は娘と市川海老蔵・新作歌舞伎 「琉球物語」「桃太郎鬼ヶ島外伝」へ
むかしばなしを素材にして、現代の世相、人々の視点や感覚を盛り込んだ創作歌舞伎。

市川右近さんが演じた浦島太郎が「辺野古の美しい海を埋め立てて戦の砦をつくるなんてとんでもない」(たしかこんなせりふだったと思う)と言った時は会場がふっとわきました。
そしてなんといっても海老蔵さんは、美しく、妖しく、豪快でした。
2015年06月16日 (火) | 編集 |
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6月15日は千葉県民の日ということで、仕事はお休み。
そこで観たいと思っていた「おかあさんの木」を観に有楽町まで。
この作品は、私が先生なりたての頃、小学校五年生の国語の教科書に載っていました。
胸がいっぱいになって、授業が進められなかった記憶があります。
七人の息子を戦争で失ったおかあさんの悲しい話 と当時は受けとめていたと思いますが、今映画を観ると
遠い話ではなくこれからまさに起こるかもしれない身に迫る話となって甦ってきました。

本作のプロデューサーの方が小学校5年生の時、朝の自習時間に先生から読むように指示され、
目を通した民話(大川悦生作)で
「読んでいるうちにだんだん胸がつまって、涙が出そうになってきて、懸命にこらえていたら周りからたくさんの
すすり泣きのこえがきこえてきた・・・」それから数十年たって民話をもとにつくられた映画です。

教科書って大事ですね。小さかったころに刻まれたことがこうして作品になるのですから。

兵隊検査の合格を喜び、赤紙が来たことを「おめでとう」と喜び(心の中では本当はどうなのか)
本当のことが何も言えなくなって、日本が戦争に突き進む様子もよくわかります。

鈴木京香さんも奈良岡朋子さんも素晴らしい。
子どもたちに、若者に、若いお母さん、お父さんに観てほしい映画です。
2015年06月09日 (火) | 編集 |
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 日曜日は、4月に「笠木透の歌を歌おう」でアコーディオン伴奏をしてくれたみどりさんに声をかけていただき、
「はるかぜ合唱団」のコンサートへ。
「はるかぜ」という合唱団は、松戸を中心に地域にしっかり根をはり、活動されている。
最近は歌声ブームということでか、我孫子や土浦など各地で歌声喫茶なども開いてくれています。
地道にこつこつの活動があってこそ、松戸の森のホール(大ホール)をいっぱいにすることができるのでしょうね。

内容はもちろん素晴らしく、
  1部は、はるかぜ合唱団の「あなたへ歌う」 沖縄の小学1年生安里有生の「へいわってすてきだね」 ぜひ覚えたいね
  2部は、郷土部の太鼓演奏  小学校入学前の小さい子もかっこよく太鼓を打ちました。
  3部は、音楽構成「ぼくらの出番がきっとくる」
   

 はるかぜのみなさんは、3.11以来度々南相馬を訪ね、支援・交流をされてきました。
今回は、南相馬の小・中学生がつくった「十七字ふれあい文」を歌に綴ったものです。 
 はるかぜの総力をあげて創作されたものです。(歌あり、寸劇あり、涙あり)

      ばあばかな  きらきらしてる  おほしさま
      ほうしゃのう  ひなん先から  そぼ思う
      十年後  ぼくらの出番が  きっとくる
      ゆめかなう  父とならんで  お野馬追い
      ふっこうを  しんじてうたう   ぼんおどり


18の作品が歌に繋がれ胸に迫りました。
 
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福島のことがだんだん遠ざかってくる今日、こらからますます、広がり繋がってほしいと思う歌・コンサートでした。


2015年06月07日 (日) | 編集 |
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昨日は、教職員組合大会。
戦後、教職員組合は「教え子を戦場に送るな」のスローガンを掲げて出発しました。

今年は前面に「子どもたちを戦場なんかに送りたくない」の横断幕。
二度とふたたび、教え子たちに銃をもたせることがあってはならない

大会宣言の中から
    「戦争は、教室から始まっている」のです。教師の言うことに素直に従う子どもたちを育てるのではなく
   自治と平和を育むような教育こそが求められているのではないでしょうか。学校と教育で大切なことは、
   目の前の子どもの現実から教育課題を掴み取ることです。そして、何をどう学んでいくかを、その学校の
   教職員が共同して想像していく営みです。さらに子どもの民主的で平和てきな人格の形成を保障して
   いく実践を発展させることです・・・

   戦死せる教え子よ   (竹本源治)  1952

   逝いて帰らぬ教え児よ
   私の手は血まみれだ
   君を縊ったその綱の
   端を私は持っていた
   しかも人の子の師の名において
   嗚呼
   「お互いにだまされていた」の言訳が
   なんでできよう
   慚愧、悔恨、懺悔を重ねても
   それがなんの償いになろう
   逝った君はもう還らない
   今ぞ私は
   汚濁の手をすすぎ
   涙をはらって君の墓標に誓う
   「繰り返さぬぞ絶対に」


今年の大会は、今までとちょっと様変わり。一歳にも満たない赤ちゃんを抱っこしながら参加する
若いパパさん先生の姿が複数も見られ、厳しい中にもほっと暖かさのある大会でした。

夜は、下北沢にてサークル「やろう会」の学習会
ベルリンオリンピック大会マラソン金メダリスト孫選手の生涯をとおして
「戦後70年」をスポーツから考える、講演でした。
ソウルオリンピックで最終聖火ランナーを務めた孫さん。
平和へのあふれる思いが伝わってきました。
師の講演ということで、遠く秋田や山形からの懐かしい顔ぶれの参加もありました。
二次会はいつもの鍋で楽しく。
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2015年06月03日 (水) | 編集 |
 天気予報がどんぴしゃり。朝から雨。
今日は丸丸一日なにもない日だったので、自転車に乗ってあちこちふらふらしようと思っていましたが、
それもこの雨で足止めをくいました。
 でも雨もいいものです。
 晴耕雨読。ゆっくり新聞を読んだり、冷蔵庫の大掃除をしたり。
 畑の苗たちも久しぶりの雨に喜んでいるでしょう。

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「戯作者銘々伝」
 
  世間の動きにチクリと滑稽の針を突き立てて撓みがあれば正す、
  歪みがあればそれを笑いのうちに直す、
  これが黄表紙(戯作)の生命ではないか。     井上ひさし


こまつ座の芝居を観ました。
黄表紙とは、世相や政道を風刺するもので、江戸出版界を賑わせましたが、
老中松平定信の「寛政の改革」のときに発禁処分などの弾圧をされたと、あります。
舞台では「手鎖」の刑を受けたり、死に至る戯作者もいました。

 最近の日本は、「表現の自由」に対して圧力がかかることが次次起きています。
いつの時代も「お上」の気に入らないことは、重しがかかるということ。
まさにタイムリーな芝居だと思います。

  ユーモアや笑いを交えて、物事に向かうセンスがほしいものです。








2015年06月02日 (火) | 編集 |
京鹿の子が咲きました。
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昨年は、うどんこ病?にやられてしまいましたが、今年は早々二回ほど消毒したかいあってか、すくすくと、育ち、紅赤の花を咲かせています。「京鹿の子」いい名前です。十七、八の娘さんを連想させますね。

  六月に入りました。
六月の異名といえば水無月ですが、他にも涼暮月、蝉羽月、松風月、葵月、夏越月、常夏月、そして風待月など・・・
 どれも美しい呼び名ですね。
 これだけ、むんむん暑い日が続くと、ほんのささやかな風にも喜びを感じるものですね。

そして私の好きな茨木のり子さんの詩   

               「六月」

      どこかに 美しい村はないか
      一日の仕事の終わりには一杯の黒麦酒
      鍬を立てかけ  籠を置き
      男も女も大きなジョッキをかたむける

      どこかに美しい街はないか
      食べられる実をつけた街路樹が
      どこまでも続き すみれ色した夕暮れは
      若者のやさしいさざめきで満ち満ちる

      どこかに 美しい人と人との力はないか
      同じ時代をともに生きる
      したたかさとおかしさとそして怒りが
      鋭い力となって たちあらわれる

一日が終わり、ビールが美味しく飲めることの喜び
私の周りにも、美しい人たちがいます。
美しい人の一員になれたらと思います。